株式会社BEC CEO 日記

「Gozal」を運営する会社での日々

土に帰る時点をイメージすることで、どういうチームでありたいかを考える

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どういうチームでありたいのかという議論をすることがよくあるが、今はその議論の答えの一つとして「発明を行う」集団であるべきだ、と思っている。やっぱり魂を揺さぶる創造活動にこだわりたい。

 

 

想い出とともに、土に帰ること

もうすぐ土に帰ることになる。あと20年か、40年か、長ければ50年くらいだろうか。

その前提の中で、明日やあさってという貴重な残された時間を、何に投下するかが重要だろう。誰もがその問いに対する答え方で、己を表現しようとする。

人は生まれて死にゆく存在であり、その条件が共通していることを思うと、誰もがコモディティであるかのようだ。ただし、コモディティではないと信じられるのは、生まれて死ぬまでの間で過ごした時間に無限の分岐があり、すべての人が異なる時間を紡いでいるからだろう。

時間の使い方はすべてが正解だ。どんなことがあっても不正解はなくて、それが事実として受け止められ、その経験値が遺伝情報と遺伝情報に乗らない情報とに別れはするものの、すべて次の世代に受け継がれていく。

じゃあ、自分はどんな時間の使い方をして土に帰るべきなのか、という質問のみが、今回の人生の唯一の論点なんだろうなと思ったりする。

そうなるとやはり、人間らしさを追求したいなと思う。なぜなら死んだあとは人間らしくあることを自分でコントロールすることが難しいからだ。

人間らしさとは、自分の解釈では「知覚すること」だと思っている。とにかく痛みも、苦しさも、楽しさも、喜びも感じることができることだと。死んでしまっては何も知覚できない。生きている時間とそうでない時間を分離するのは、知覚できるか否かという概念だと思っている。

つまり自分にとっての正解は、「思いっきり生きる」=「いろいろなことを感じまくるために時間を使う」という結論に至っている。

今回の人生では、墓に入る時に、第1感から第6感までできるだけ最大限に起動させることができたなー。あの時はあんな感情を起動させてたなーと、いい思い出も、辛い思い出も、ともに想いながら土に帰ることができたら上出来だと定義している。

 

 

手を抜いたものを創造することに人生を使いたくない

前置きは長くなったけど、結論はシンプルだ。

手を抜いたものを作ったり、手を抜いて人生を生きることは自分の人生にはふさわしくないと信じている。もっと6感までを揺さぶるような強烈な創造を行いたい。

はっきり言って、今作っているGozalは最高だ。

やろうとしていることの1%くらいしか対外的には公表していないけど、その先にある莫大な可能性について想うと魂が炎をあげて、人生を感じさせてくれる。

そしてGozalを最高だと思えるのは最高のチームがあるからだ。このチームは誰一人として、手ぬるいプロダクトを生み出すことを考えてない。

 

今までにないものを発明していきたい。

とにかくそれをぶらさずにいきたい。

チームの意思は、強烈な個性を大切にしながら統一していたい。

 

 

 

チーム・会社の概念も発明していきたい。

既存に横行している組織の捉え方で、変えられることはたくさんあると思う。

使用者と労働者という主従関係はもう終わりにしたい。

一つの個性をこの上なく大切にしたい。

自由で主体的だけど、創造性への意欲で連携した集団でありたい。

多様性に満ち溢れていて

互いが学び合いながら

違いを認め合える存在が

連動した攻撃と守備を繰り出す。

 

土に帰るときには、そんなチームでともに積み重ねてきた思い出を、想いながら眠りにつけたら最高だろう。

 

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